異文化理解の研究を進めるにあたり指標となるものとして、ホフステードの6次元モデルの他に、エリン・メイヤーのカルチャーマップ があります。
アメリカ人のエリン・メイヤー博士は、アフリカのボツワナで英語指導を行なった経験から異文化コミュニケーションを研究。現在はINSEAD(欧州経営大学院)の教授で、異文化マネジメントを中心とした組織行動学を専門としています。著書「The Culture Map:Breaking Through the Invisible Boundaries of Grobal Business」(2014) で、世界各国のビジネス文化を8つの指標で相対化した「カルチャーマップ 」を提唱しました。
*以下指標の解説はエリン・メイヤー「異文化理解力」より引用)
<エリン・メイヤーのカルチャーマップ 8つの指標>
・コミュニケーションがローコンテクストかハイコンテクストか
・評価が直接的ネガティブフィードバックか間接的ネガティブフィードバックか
・説得が原理優先か応用優先か
・リードが平等主義か階層主義か
・決断が同意志向かトップダウンか
・信頼がタスクベースか関係ベースか
・見解の相違が対立型か対立回避型か
・スケジューリングが直接的な時間か柔軟な時間か
①コミュニケーション ローコンテクスト vs ハイコンテクスト
・ローコンテクスト
良いコミュニケーションとは厳密で、シンプルで、明確なものである。
メッセージは額面通りに伝え、額面通りに受け取る。
コミュニケーションを明確にするためならば繰り返しも歓迎される。
・ハイコンテクスト
良いコミュニケーションとは繊細で、含みがあり、多層的なものである。
メッセージは行間で伝え、行間で受け取る。
ほのめかして伝えられることが多く、はっきりと口にすることは少ない。
<当サイト筆者コメント>
アメリカ・オーストラリア・カナダなど、多文化共存の国はローコンテクスト。
それに対し日本は世界で最もハイコンテクスト側に位置しています。
日本人のコミュニケーションが明確さに欠け、相手にとって理解し難いものであることを、我々は自覚する必要があります。
また、アジア各国は日本に近いハイコンテクストなコミュニケーションをとる文化ですが、ハイコンテクストどおしの異文化コミュニケーションは、行間で表現するものがお互いに異なることにより、ハイコンテクストどおしの異文化コミュニケーションは、行間で表現するものがお互いに異なることにより、ハイコンテクスト・ローコンテクストの組み合わせよりかえって誤解が生じやすいことにも留意が必要です。
②評価:直接的ネガティブフィードバック vs 間接的ネガティブフィードバック>
・直接的なネガティブフィードバック 同僚へのネガティブフィードバックは率直に、単刀直入に、正直に伝えられる。 ネガティブなメッセージをそのまま伝え、ポジティブなメッセージで和らげることはしない。 顕著な例では、批判する際に「間違いなく不適切だ」や「まったくもってプロフェッショナルとはいえない」といった言葉が使われる。 批判はグループの前で個人に向けられて行われもする。
・間接的なネガティブフィードバック
同僚へのネガティブフィードバックは柔らかく、さりげなく、やんわりと伝えられる。
ポジティブなメッセージでネガティブなメッセージを包み込む。
顕著な例では、「やや不適切だ」や「少しプロフェッショナルじゃない」といった言葉が使われる。
批判は1対1でのみ行われる。
<当サイト筆者コメント>
カルチャーマップ では、日本が最も「間接的」に位置しています。
しかし、筆者が5年間滞在したタイでは、日本人以上に人前で批判されることを嫌う傾向にあると感じられました。
ただ、1対1で静かに話をすれば素直に受け入れられることが多く、人前で批判されることを嫌うのは、「メンツを大切にする」というタイ人の特性に起因するものと考えられます。
ネガティブフィードバックが直接的か間接的かという要素と、人前でのネガティブフィードバックを受け入れられるかという要素は、分けて考える方が良いのかもしれません。
③説得 原理優先 vs 応用優先
・原理優先
各人は最初に理論や複雑な概念を検討してから事実や、発言や、意見を提示するように訓練されている。
理論的な議論をもとに報告を行なってから結論へ移るのが好ましいとされている。
各状況の奥に潜む概念的原理に価値が置かれる。
・応用優先
各人は事実や、発言や、意見を提示した後で、それを裏付けたり結論に説得力を持たせる概念を加えるように訓練されている。
まとめたり箇条書きにしてメッセージや報告を使えるのが好ましいとされている。
議論は実質的で具体的に行われる。
理論や哲学的な議論はビジネス環境では避けられている。
<当サイト筆者コメント>
日本をはじめアジア各国のこの指標の分布が、カルチャーマップ 上に示されていません。
また、WEB版のカルチャーマップ(https://erinmeyer.com/)では、選択した国をカルチャーマップ上に表示させることができますが、 アジアの国を選択に入れると、この指標を除いた7軸で表示されます。
このことから、この指標は欧米各国では有効であるが、アジア各国においては有意な指標として成立しなかったのではないかと推測しています。
④リード 平等主義的 vs 階層主義的
・平等主義的
上司と部下の理想の距離は近いものである。理想の上司とは平等な人々のなかのまとめ役である。
組織はフラット。しばしば序列を飛び越えてコミュニケーションが行われる。
・階層主義的
上司と部下の理想の距離は遠いものである。理想の上司とは最前線で導く強い旗振り役である。
肩書きが重要。組織は多層的で固定的。序列に沿ってコミュニケーションが行われる。
<当サイト筆者コメント>
この指標において、日本は韓国・ナイジェリアと並んで最も階層主義の位置にプロットされています。
これはホフステードの「権力格差」指標において、日本は欧米各国よりは格差が大きいが、アジアの中では最も権力格差が小さく平等主義寄りの位置にプロットされているのとは対照的です。
筆者のタイでの経験からは、タイは日本よりさらに厳格に階層主義的であると感じ、ホフステードの指標でのポジションの方が納得性が高いと感じています。
アメリカ人であるエリンメイヤー の視点では、欧米とアジアの差は顕著ですが、アジア各国のどおしにおける差については、日本人の感覚とはズレがあると感じます。
⑤決断 合意志向 vs トップダウン式
・合意志向
決断は合意の上グループでなされる
・トップダウン式
決断は個人でなされる(たいていは上司がする)
<当サイト筆者コメント>
他の多くの指標において、日本はアジア各国と近い位置にポジションしていますが、この指標においては、アジア各国が「トップダウン式」寄りに位置しているのに対し、日本は欧米各国よりもさらに「合意志向」で、世界で最も合意志向側に位置しています。
このことが、アジア各国に進出している日本企業において、日本人マネジメントがローカルスタッフを「指示待ち」「自分の頭で考えない」と見ており、反対にローカルスタッフは日本人上司を「決断力がない」「指示があいまい」と見るという認識のギャップを産んでいる要因であると考えられます。
⑥信頼 タスクベース vs 関係ベース
・タスクベース
信頼はビジネスに関連した活動によって築かれる。
仕事の関係は実際の状況に合わせてくっついたり離れたりが簡単にできる。
あなたが常にいい仕事をしていれば、あなたは頼りがいがあるということになり、私もあなたとの仕事に満足し、あなたを信頼する。
・関係ベース
信頼は食事をしたり、お酒を飲んだり、コーヒーを一緒に飲むことによって築かれる。
仕事の関係はゆっくりと長い時間をかけて築かれる。
あなたの深いところまでを見てきて、個人的な時間も共有し、あなたのことを信頼している人たちのことも知っているから、私はあなたを信頼する。
<当サイト筆者コメント>
日本は欧米各国から見ると「関係ベース」に寄っているが、アジア各国は日本以上にさらに関係ベースです。
例えば資材発注などで、相見積もりをとって安いところに発注せず、個人的な友人関係の会社に発注したりすることはがあることは、日本人の目から見て不正なことであると感じることがあります。
しかし彼らにとっては、個人的に信頼できる相手とビジネスを行うことが正しいと考えているという認識の違いがあり、この感覚のズレは、社内トラブルの火種になりやすいカルチャーギャップとなります。
⑦見解の相違 対立型 vs 対立回避型
・対立型
見解の相違や議論はチームや組織にとってポジティブなものだと考えている。
表立って対立するのは問題ないことであり、関係にネガティブな影響は与えない。
・対立回避型
見解の相違や議論はチームや組織にとってネガティブなものだと考えている。
表立って対立するのは問題で、グループの調和が乱れたり、関係にネガティブな影響を与える。
<当サイト筆者コメント>
日本をはじめアジア各国は「対立回避型」です。例えばタイやインドネシアの従業員に処遇について「これでよいか?」と聞いて「OK」といったとしても、それは対立を避けようとするための言葉であり、本心ではない可能性があることに留意すべきです。
⑧スケジューリング 直線的な時間 vs 柔軟な時間
・直線的な時間
プロジェクトは連続的なものとして捉えられ、ひとつの作業が終わったら次の作業へと進む。
一度にひとつづつ、邪魔は入らない。
重要なのは締め切りで、スケジュール通りに進むこと。
柔軟性ではなく組織性や迅速さに価値が置かれる。
・柔軟な時間
プロジェクトは流動的なものとして捉えられ、場当たり的に作業を進める。
様々なことが同時に進行し邪魔が入っても受け入れられる。
大切なのは順応性であり、組織性よりも柔軟性に価値が置かれる。
<当サイト筆者コメント>
この指標において、日本はドイツ・スイスと並んで最も「直線的な時間」寄りに位置しています。
それに対してアジア各国は「柔軟な時間」寄りです。
これを日本人は、「時間を守ることができない」「スケジュールを守れない」と否定的に捉えがちですが、彼らにとっては、状況は刻々と変化しているにも関わらずあらかじめ決めた計画を守ることを優先する日本人のほうがおかしいのであって、臨機応変に状況に合わせて対応することが正しいと考えているのです。
中小企業診断士 池田真一郎